三十路日記 2004
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■2004年12月某日 お友達■
美術大学の予備校へ通い始めてしばらく経った生徒に、
何かかわった?と尋ねると
「身の回りのモノの色や形が気になるようになりました」
と嬉しい返事。
お友達が増えた気分。
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■2004年11月某日 現状維持■
現状維持じゃだめなのよ。
まわりはどんどん先へ進むんだから。
現状維持に喜びを求める人生なんて
生きていないのと同じじゃない。
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■2004年11月某日 挨拶■
ある式典でそれなりの立場にある方の挨拶は
事実の羅列と慣用句だけでできていました。
最近そういうことを耳にするのがものすごく辛い。
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■2004年10月某日 指示待ち■
言われなければ動けない生徒多すぎ。
その上更に、言われても動かない生徒も多すぎ。
自発的に動く生徒とそうではない生徒が
将来社会に出たときのそれぞれの生活の充実度を思うと、
今なんとかしてやらなくては‥と焦ります。
面倒くさいことや苦しいことを、
ネガティブに受け止めずに済む唯一の答えは
自発・自律性しかないことを認識させなくてはいけません。
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■2004年9月某日 過渡期■
自分のものの考え方も
身の回りの物事も
全てが過渡期な気がして
いつもそわそわしています。
おそらくそれが自分の
モノを生み出していく原動力なのですが
落ち着いてゆったり何かをしたいということを
なかなか体感することができない
貧乏くさい性分。
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■2004年9月某日 嬉しいこと■
作品に対する責任感があり
ピカイチセンスのいいある生徒が、
美術系大学を目指したいと言ってくれました。
話をしていると、隣で突っ伏していた
これまたピカイチ天才肌の生徒が
「私もっ」と起きあがりました。
大変嬉しく思いました。
この道にすすんでよかったです、と
後に笑ってもらえるよう、
惜しみない協力をしたいです。
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■2004年8月某日 歯の健康■
1年ほど前に左奥歯の治療をして以来、
なんだか堅いモノを噛むのが不安になって
右側主体で食べていました。
先日その奥歯の冠が外れて治療に行ったら
何のことはない、その冠は削りすぎで穴が開いていました。
新しく冠を被せて最初の食事。
なんかものすごくおいしいんですよね。
30歳を過ぎて、体の調子が上向きというよりは
下向きになってきているような感があります。
与えられたモノを上手に活かして
健康な生活を続けていきたいと思った瞬間です。
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■2004年8月某日 大河ドラマ■
NHKの大河ドラマ「新撰組」を初めて見ました。
若手の言葉遣い、ひどくないですか?
現代的な言葉遣いが
歴史ドラマとしての色を
ものすごく薄くしているように感じるのですが、
もしかして‥これってわざと?
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■2004年7月某日 管理者■
「何かあったらワタシが責任を取る」
という点は管理者としての責任を感じますが、
何か起こらないように最善を尽くすのが
管理者の義務だと思いませんか。
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■2004年7月某日 祝・優勝■
硬式野球部の甲子園出場が決定しました。
県予選優勝の瞬間、
生徒の歓喜する様子をおさめようと
冷静にカメラを構えていたので、
自分自身歓喜に浸りきることができなかった
ちょっともったいない経験。
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■2004年7月某日 倉敷紀行~鷲羽山■
5年ぶりに鷲羽山スカイラインを走りました。
初めて走ったのは16年も前のことで、それ以来
走るのは4回目になります。
いつもいい道・いい風景・いいコーナーで、
バイクに乗ることの楽しさと喜びを味わえる道です。
こういう気持ちを生活の中に点在させることができることに
ほんの少しだけ優越感を覚えます。
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■2004年7月某日 倉敷紀行~春の院展■
教え子が春の院展に入選して、
倉敷に巡回してきたので見てきました。
もう、教え子と呼ぶには申し訳ないくらい
良い絵でした。
院展の作品でありながら、
今時の仕事をしている点に好感がもてました。
大変幸せに思いました。
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■2004年7月某日 倉敷紀行~大原美術館■
分館の一隅に
熊谷守一の「陽の死んだ日」が展示してありました。
苦しい生活の中、4歳児の次男が死んだときに
何かを残そうと死顔を描き、
そのうちふと「絵」を描いている自分に気づき
絵筆を止めた、という作品です。
作品の背景を以前なにかで読んだときに
なんて悲しい絵なんだと思いましたが、
実際に作品を見ると、そのとき以上に
心の内からこみ上げてくるものがありました。
大原美術館はいつもどたばたしているときに訪れるのですが、
いつかじっくり、ゆっくり訪れてみたいです。
大変勉強になる美術館です。
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■2004年7月某日 キモい話■
ある男子「うぁ、すげーキモい色になった」
ある女子「あの先生、キモいよね」
と、生徒は「キモい」という言葉をいろんな場面で使います。
あまり突っ込んで考えなくても
「自分にとって何となく不快である」
ということを伝えられる、
便利で危険なキモい言葉です。
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■2004年7月某日 斗威の「威」■
文字を書いていて、「威力」と書く機会がありました。
威力の「威」は息子の名前の文字の一つです。
メールなどでは「斗威」と打つ機会はありますが、
手書きで「斗威」って最近書いてないなぁ‥と
そこで気づきました。
一緒に生活をしていれば、役場に出す書類などで
名前を書く機会もあるのに‥と
寂しくなりました。
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■2004年7月某日 嗜好の変化■
服を買おうとしたのに、
普段買っていた若者向けの店では
気に入った服がありませんでした。
その日の夕方、何気なく入った洋服の青山には
選ぶのに困るほど気に入った服がありました。
これには大変ショックでした。
いつの間にか趣味が年相応になってきているのかな。
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■2004年6月某日 好きな作家■
生徒に「どんな芸術家が好きですか?」と訊かれたので
いまのところ好きな作家さんをまとめてみました。
●かなり好きな作家さん●
星野眞吾、小倉遊亀、滝沢具幸、土屋禮一、伊藤若沖、酒井抱一
香月泰男、ベンニコルソン、サムフランシス、山口長男
アルベルト・ジャコメッティ
マルセル・デュシャン、ジェームス・タレル、李禹煥、菅木志雄、安藤忠雄、荒川修作
●素直に好きというのがちょっと恥ずかしいけど好きな作家さん●
エゴン・シーレ、アルフォンス・ミュシャ、ピエール・ボナール、アンドリュー・ワイエス
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■2004年6月某日 ローマの休日■
初めて見ました。衝撃的でした。
オードリーヘップバーン、凄い役者ですね。
あのくらいゆっくり流れる時間の映画では
演技のゴマカシ効かないでしょうに、見事でした。
多分、もう一回見るな。
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■2004年6月某日 後悔■
今になって思えば
勉強し直したいことが沢山。
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■2004年6月某日 理解力■
本当の意味で実力つけていれば
別に虚勢を張ることはないし
相手もうなずかざるを得ないだろうと
自分なりにできることを地道にやってきたつもりです。
それが一番かっこいいことだろうと思っていました。
でも、その自分の力を
推し量る理解力や興味が足りない人には
何も意味のないことなのだと
気付く機会が多いこのごろ。
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■2004年6月某日 拡大鏡■
30倍の拡大鏡でいろいろなモノを覗いてみました。
驚きだったのは硬貨。
表面の傷や欠けの美しさもさることながら、
1円硬貨のアルミニウムの肌合い
5円硬貨の稲穂の造形
10円硬貨の平等院の屋根にいる鳳凰のかわいらしさ
50円硬貨の菊の金属質の美しさ
500円玉の偽造防止処理の細やかさ
凄いもんです。凄さが言葉にできません。
そのほかいろいろなモノを拡大してみましたが、
拡大鏡から顔をあげると
視界に戻ってきた普段見ているサイズの景色が
いつもの何十倍も豊かで密度の高い世界に見えました。
自分は凄いモノに囲まれて生活しているなぁ、と
世の中の複雑さに頭がクラクラした良い経験。
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■2004年6月某日 成績■
よくモノを観察して描く子よりも、
僕が救いたいのはモノ見方が分からない子です。
モノの見方が分からない子は絵から伝わってくる情報が少なく
立場上つけなくてはならない成績も悪い点になってしまいます。
ホントは励ましたいのに、提供するのは「悪い成績」。
僕が彼らにつける悪い点は、エールであるということを
分かってもらえるだろうか?
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■2004年6月某日 役割分担■
相変わらず生徒の清掃について。
新しい清掃グループになったので、
今回は役割分担をくじ引きして
それぞれの仕事をしてもらうことにしました。
そうすると各自が驚くほど仕事をしてくれました。
でもね、目的を与えることで物事がスムーズに運ぶということが
必ずしも最善の指導とは思わないんですよね。
自分の仕事が終わるとぶらぶらしてるし。
他人の仕事を手伝おうとか、自分で汚れているところを探そうとか
ホントは、そういう積極性とか自発性を
磨いてほしいんだけどなぁ。
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■2004年6月某日 受け皿■
受け入れる用意ができていないところに
注ぎすぎて溢れたものは
行き場がなくなって
あらぬ評価になっていくことを
学びました。
自分が高校生だった頃を振り返ってみると
溢れたものを取りこぼすまいと
努力したように思うけど
今接している子どもたちは
なかなかそう感じられる子が
少ないように思います。
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■2004年5月某日 バーチャル&リアリティ■
先日掃除を自発的にしてくれない生徒たちに
責任を伴う自由を押しつけるのは強要していたのと一緒なので、スマンことした。と、
素直に謝ってみたら、なんだか変なストレスがなくなりました。
指示待ち人間の問題はそれで解決したわけではありませんが、
そこから学んだことは、
僕自身が自発性を持つことの大切さに気づいて、
それを経験として気づいていない子ども達にいくら説いても
ほとんど意味がないことが分かりました。
僕がしなくてはならないことは
彼らが自分の経験として
自発性を持つことの大切さに
気付かないで一生を終わる方向へ
彼らが向かないように気を配ること、という
ネガなんだかポジなんだかわかんない
指導をすることなのかなぁ‥と感じた次第。
でもって考えた標語が、
「バーチャルよりもリアリティ」。
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■2004年5月某日 キャシャーン■
映画「キャシャーン」を見てきました。
感想はいろいろありますが、その中の一つ。
この映画が「キャシャーン」である意味は全くなかったのですが、
この映画が「キャシャーン」というタイトルではなければ
きっと見に行かなかっただろうなぁ‥ということ。
全体的には肯定的にみています。
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■2004年5月某日 自由と責任の押しつけ■
基本的に「自由」にして欲しいので
授業や掃除は子ども達に自由にしてもらいました。
すると、特に掃除において
「自分で掃除できるところを探して掃除しなさい」という指示では
半分くらいの生徒はなにもしないのです。
ホントになにもしないのです。
最初理解に苦しみました。
せっかく与えてもらった、必要最低限のことをすれば得られる「自由」なのに、
なにもしないということは、その先にあるのは
「強要」だということを
説いても全く無反応なのです。
掃除しないことに、ではなく
その頭の悪さにかなりイライラしました。
でも、知人との会話の中で気づきました。
彼らは「責任」ということがどういうコトなのか肌で理解していないのです。
社会的に責任を負うという経験がないので、
責任とはそれぞれのシーンで何を指すのか
きっと理解できていないのです。
僕は「責任」を押しつけていたつもりはないのですが、
僕が与えていたのは「自由」ではなく
責任を伴う自由を、それが理解できない者に押しつけていたのです。
僕は彼らが社会に出たときに
対価を得るために(いやいやながら)働くのではなく、
(すすんで)働くことで対価を得る人生を歩んで欲しいのですが、
どうすればそのことを伝えられるかが
当面の課題です。真剣に悩みます。
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■2004年5月某日 感動の源■
今朝も野球部の練習を見ていました。
学級ではおちゃらけている生徒も、
練習中はこれ以上出せないくらいの大きな声で返事をし、
先輩から罵声を浴びてもそれを怒りに換えずに
自分の内からのパワーにしている様子が伝わります。
感激しちゃうんだよなぁ。
「全力」とか「純粋」とか「青春」とか、
今の時代、なんだか古くさい臭いのするものも
そのことに嘘がなければ、感動の源として存在しうると
朝からまた得した気分でした。
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■2004年4月某日 いい人■
「『いい人』は無能の代名詞である」と
ビジネスマン向けの本の帯紙に書いてありました。
その人を評価する人が「いい人」でなければ
成り立つ論理。
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■2004年4月某日 非難■
「批判は弱者の叫びである」と
どなたかが言っておりました。
自分が何かに否定的にな発言をするとき、
必ずこの言葉が頭をよぎります。
すると余計な非難を口にせずにすむことがよくあります。
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■2004年4月某日 身近な感動■
朝、野球部の練習風景を眺めていました。
最初何に惹かれているのかにも気づかず
長い間観ていたら涙がでてきました。
全員が全力で練習しているのです。ウソがないのです。
余裕なんか見せる暇もなくみんなが一生懸命なのです。
大人になってもそういった全力疾走が
できる人に育って欲しいと心底思いました。
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■2004年4月某日 恐怖■
同じく「信用」を口にする人に出会いました。
しかしその人は相手を抑圧したり恐怖感を与えた上で
その人の決めた升から飛び出さない範囲では信用する、といった
僕が願っているものとは反対の方法で
統制を保てると考えていらっしゃいます。
本気でそんなことで本当の信頼関係が
生まれると思っているのでしょうか。
そんな人が管理職の職場って
幸せな職場でしょうか。
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■2004年4月某日 信用■
授業経験歴1週間になりました。
自分の言うことを信じてもらうために、
まず相手を信用するところからはじめようと
言いたいことを50分しゃべり通した最初の授業でしたが、
授業後のアンケートの結果を見ると
半分くらいの生徒はピンときてくれていた様子です。
もう少し、いや最後には全員
お互いを信用する関係になりたいな。
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■2004年4月某日 あこがれの職業■
この春から学校の教壇に立つことになりました。
切望とも熱望ともつかない想いを寄せながら
試験でふるいにかけられて、かなわぬ願いとあきらめていた仕事です。
突然の決定事項にしばらく盲目的な喜びを感じていましたが、
実際に赴任先へきてから気がつきました。
僕があこがれたのは「教員になる」ことではなく
子どもたちに自分の価値観を伝えることである、と。
喜びを感じるのは授業が終わった後に
生徒の目の輝きを見てからにしようと思います。
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■2004年3月某日 気遣い■
どこかへ出かけていく人に
「気をつけて行ってらっしゃい」と声をかける人と
「楽しんでいらっしゃい」と声をかける人がいます。
どちらも相手を気遣っているように思えますが、
前者は「相手が事故でもして痛い思いをしたら、自分も苦しい」
後者は「相手が楽しんでくれたら、自分も嬉しい」
といった声をかける人の想いの違いがあります。
前向きで建設的で明るい発想ってどっちですか?
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■2004年3月某日 音■
ものすごい強風の日でした。
屋内にいてもグォォォォッという耳慣れない音が一日中聞こえていました。
普段バイクに乗ってコンピューターに囲まれた生活をしていると
耳にするのは人工的な音ばかり。
自然の音を耳慣れないものと感じるくらい
人工物が稼働する音に囲まれて生活しているんだなぁと
改めて実感した次第。そんな生活をしていると、
DANISH SOUNDSCAPES
こんなサイトを作ることのできる人に
ものすごく鮮度の高い感銘を受けます。
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■2004年3月某日 短絡的発想■
何か問題が起こって「それは許せん、ウキーっ」っとなる前に
どうすればそれが解決するか言葉を用意してから
電話してきてください。
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■2004年2月某日 東京都現代美術館■
現代美術館でいつも感じること。
金儲けできていないだろうけど
言葉や音楽や絵画などの既存の表現手段ではない
その人のしゃべり方で
自分の意図を多くの人に伝えられる人の
素晴らしさをうらやましく思うこと。
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■2004年2月某日 自己表現手段■
嘘のつけない自己表現手段を持っている人は
それだけで幸せだと思います。
自分にとってはバイクの運転もその一つなのですが、
バイクの運転が自己表現?と思う方もいるかもしれません。
コーナー一つ曲がるにしても
自分の思い通りの線を描いて立ち上がっていくときに
感じる心地よさは
嘘のない生々しい喜びなのです。
自分にとっては楽器で何かを演奏している感触に
とてもよく似ています。
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■2004年1月某日 海外支援■
これまで自衛隊の「自」とは自国の自を指すのだと思っていましたが、
武器を持って海外へ行くなんて、
自衛隊の「自」とは自分の自だったんですね。
国際貢献に人的資源が必要なことも
危険な地域だということも分からなくはありませんが
他国へ右へならえの軍力を携行した支援ではなく
医療とか技術支援とか
ここで一発日本のアイデンティティを世界に示す支援というものは
考えられないものかと思います。
あんまりに直接的で貧しい発想に
恥ずかしい思いです。
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■2004年1月某日 転機■
絵を描くということが
ものを写すのではなく
自己主張をすることだと気づいたあたりから
僕の人生は変わりました。
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■2004年1月某日 標準の基準■
芸術家は変わった人が多いと言われますが、当たり前です。
本当のクリエーターは人と違うものを作ろうとしているわけですから。
ただ、エキセントリックなことをするには
「標準」の基準がどこにあるのかということを
熟知していなければなりません。
そのために猛烈に勉強している人が本当のクリエーターです。
「標準の基準」を知らなければただの「変人」です。
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■2004年1月某日 現状維持■
現状維持のための努力をいくら口にされても
それは僕の胸に響くものではありません。
